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こうゆうかん誕生物語

子どもたちと本気で向き合う

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 私塾「弘猷館」を設立した1976年当時、私はまだ大学3年生でした。大学入学後、家庭教師の経験は積んでいましたので、心構えはある程度できているつもりでした。ところが、塾を開講して生徒たちと向き合った瞬間、私は、自分の甘さを思い知らされました。
わが塾の第1期生は、地域でも評判のワル、いわゆる札付きの不良中学生でした。男子4名、女子3名。彼らに対する指導は、勉強以前に、まずは態度を改めさせることから始まりました。
「イザワーっ おまえ生意気なんだよ」
「うるせーバカヤロー。きちんとしろ!」
生徒たちとのそんな応酬も度々でしたが、私は「何とかしてやりたい」という一心で彼らと向き合いました。若さもあったのでしょう。一切の建前を捨てて本音でぶつかりました。「お前たちを愛している」本気でそう思っていました。思いが通じたのか、しだいに彼らの態度も改まり、意識の変化が表れました。勉強に対する前向きな姿勢も芽生え、わが塾の名物であるお泊り会も、彼ら1期生からスタートすることができました。 私は彼らとのふれあいの中で、「本気で向き合えば、子どもたちは必ず変わってくれる」との思いを新たにしました。それはまた、塾教師という仕事のやりがい、すばらしさを教えてくれました。この仕事に一生を捧げよう。そして多くの子どもたちに幸せな未来をつかんでほしい。そんな思いを胸に、私は教育者としての道を歩き始めたのです。

 翌年の第2期は、1期のワルたちとは違い、普通の生徒が入るようになりました。ここから学習塾としての基礎が固まりはじめたといえるでしょう。どうしたら勉強する習慣がつくのか?成績が上がるのか?必死に考え、熱意と愛情をもって生徒に接してきました。すると彼らは、瞬く間に学年1位、2位になるほどの成績を収めるようになったのです。それが地域でも評判となり、生徒数はしだいに増えていきました。土曜には朝まで、楽しく喜んで勉強するような雰囲気も魅力だったのかもしれません。2期生は男子が多く、彼らとのふれあいもよき思い出です。私も若かったので、彼らにしてみれば兄貴のようにも思えたのでしょう、恋の悩みをうちあけられたこともありました。

 その後も、思い出深い出来事ばかりでした。
 校舎に入るや「なんかくさいにおいのする塾だなー」と文句を言った生徒がいましたが、彼は大学卒業後にこうゆうかんに入社。以来、現在では幹部社員としてわが塾を支えてくれています。また、設立4年目にはついに生徒数が地域トップになったのです。教室に入りきれないほどの生徒を前に、これもひとえに地域の皆様に認めていただいたおかげだと、感謝の気持ちで一杯でした。成績アップはもちろんのこと、生き抜く力を身につけてもらいたい、そうした思いが通じた結果かもしれません。
 これでようやく、本当のスタートラインに立ったのです。いわば、ここまでが『こうゆうかん物語』の序章。以降、「こうゆうかん学院」への名称変更、法人化など今に至る発展への礎は、この時期に確立されたのだと思っています。


こうゆうかん学院長 井沢 隆

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